蜜蜂と遠雷 本選
キム・スジョン
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第三番」
静かに曲が始まる。ほのかに哀愁を帯びた、シンプルなテーマのメロディ。曲としてあまりに巨大なので、演奏する方もある程度の大きさ、強さを持っていないととてもではないが弾き切れない。激しいパッセージが、オーケストラとともにうねっている。きらびやかな大伽藍のような、ラフマニノフ。ラフマニノフの三番はじわじわと上っていき、クライマックスという感じではない、弾いても弾いても山場。そこが、ある種のくどさを思わせるのだろう。だから、ラフマニノフの三番を弾くのには、至極冷静な頭が必要である。彼の持つミステリアスでクールな印象が舞い上がりがちなラフマニノフをうまく制御し、曲の華やかさを「低く」保っている。ステージ上では、いよいよ演奏が激しく、ドラマティックにうねり続けている。
Fuko Ishii Rachmaninoff Piano Concerto No.3 Op.30
フレデリック・ドゥミ
ショパン「ピアノ協奏曲 第一番」
重量級の曲が続く本選の中では、最もポピュラリティのあるコンチェルトだろう。ショパンの一番は、ただそのまま弾くと、恐ろしくのんべんだらりとした退屈なものになりがちである。だから、演奏者が意識的に仕掛けていかないと、ドライブ感もスリルも生まれない。かといって、いかにも「仕掛けている」ところが透けてしまうと、オーソドックスなメロディのためか、やけに「性急な」印象を与えてしまうのだ。しかし彼は、重々しく引っ張っていくでもなく、間延びするわけでもなく、軽やかにオーケストラを率いていく。ゆったりとした第二楽章を、思いれたっぷりになりがちな演奏でなく、やはり軽やかでどこかお茶目な雰囲気すら漂わせた演奏から躍動かな触れる第三楽章に移っていくところだった。それに呼応し、テンションを上げるオーケストラ。第三楽章は、スピード感を溢れる超絶技巧で、クライマックスに向かて華やかに上り詰めていく。
ショパン ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11 / 中村紘子 秋山和慶 NHK交響楽団 (2009)
マサル・カルロス・レヴェ・アナトール
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲 第三番」
ゆったりとした、木管のオープニング。何かが始まる、何か大きくて不敵なことが始まる。そんな予兆に満ちた、緩やかに上昇するメロディに、弦楽器が加わる。そして、ティンパニが加わり、弦楽器とともに軽やかなリズムを刻み興奮をあおるようにクレッシェンドしてゆき ー ピアノが入る。縦横無尽に天架ける感じからか、独特の浮遊感がこの曲全体に漂っている。いよいよ華やかな出いよいよ音符の多い第三楽章へと向かって、オーケストラとともに疾走し続けていく。
PTNA2016特級ファイナル 尾崎未空/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op.26
Nobuyuki Tsujii
Prokoflev Piano Concert No.3 / Nobuyuki Tsujii
チョ・ハンサン
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第二番」
日本では、コンチェルトの王様のようにも仰ぎ見られている華やかな曲だ。構成も、ドラマティックに始まるオープニングからぐっと観客をひきつけ、クライマックスに向けて周到に演出がなされており、実によく聴衆の心理を知り抜いた傑作といえるだろう。第三楽章、オーケストラが軽やかなメロディを重ね、リズミカルな導入部から、ギアチェンジを図る。きらびやかなピアノソロ。ここからは一気呵成だ、ところどころで表情を緩めながらも、曲は徐々に盛り上がるを加速させていゆく。
Rachmaninoff: Piano Concerto no.2 op.18 Nobuyuki Tsujii blind pianist BBC proms
風間塵
バルトーク「ピアノ協奏曲 第三番」
密やかな導入部。すごくよく通る、美しい声が森の中から響いてきたような。とてもヴィヴィッドで、少し陰鬱で、かすかにフラット気味で。第二楽章のアダージオ。ゆったりとした、厳かな導入部。ゆっくりと、木陰の中をしかが歩いてくるのが見えるようだ。アンダンテ。ゆったりと揺れるゴンドラに乗っているみたいに、風間塵の体もゆっくりと揺れる。第三楽章。鮮やかなスケールが駆け上がり、オーケストラが加わる。わくわくする、躍動感あふれるバルトークの世界が、スリルとスピードを伴って輝かしく膨れ上がる。凄い。顔に音圧を感じるほどの演奏。ピアノと弦楽器の掛け合い。互いに一歩も引かず、息をのむような緊張感が持続していく。音楽が、塊となって迫ってくる。まだまだ膨らむ。世界、世界が、世界が、なっている。興奮に満ちた音楽という歓声で。
亜夜栄伝
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲 第二番」
さあ。
さあ、音楽を。
あたしの音楽を。
あたしたちの音楽を。
そしてタクトが振られる。